大事なのは、「3K」 まちづくり 練馬区議会議員 関口和雄

練馬区議ウェブ議員新聞

大事なのは、「3K」

2011年11月14日

まちづくり

関口和雄

No.11

大事なのは、「3K」 関口和雄 まちづくり 大事なのは、「3K」  

先月で
ブログを始めてちょうど1年、だったのだが

定例会、視察、
そして、今年で31回目となる
ゴルフコンペをこなしているうちに

ブログを更新しないまま
10月は過ぎていってしまった。

当初は
1週間に2回は更新、などと
力んでみたものの
結局は1ヶ月に1回更新が
関の山、なのだが

単なるつぶやきや
推敲できていない文章を
次々に載せるよりも

読んでくださった方が
何らかの感慨を持ってくださるような
そんなブログを目指せばよい、と
今は、開き直っている。

これからも
遅筆であるが
少しずつ、更新していきたいと、おもう。



ところで。

視察のときにも
ずいぶんと気になったのだが、

最近、
取っ手を引いて歩く
キャリーバッグを持っている人が
多いようにおもう。

体にぴったりとつけて持っているならよいのだが
取っ手を長くのばし、
後ろ手にゴロゴロと引きずっている人が前にいると、
思わずバッグにつまづきそうになることがある。

それも、
かなり頻繁に、である。

自分の後ろ
どのあたりにバッグがあるのか、
分からずに持っているのではないか。

そしてそのバッグが
誰かに当たってしまうかもしれない
などということは、
あまり考えていないのだろう。

目につくのは
キャリーバッグばかりではない。

混んだ電車の中で
リュックサックを背負ったままだったり
駅でドアが開いても
ドアの前に立ったままだったり

あるいは街を歩くとき
お互いでよけずにぶつかってみたり
携帯電話をいじりながら歩いてみたり

どうにも、あぶなっかしくて、いけない。


最近の話題で
自転車の取締りを強化する、という話があった。

自転車を利用する人の増加にともなって
自転車がらみの事故が増え
死者も出ていることから

本来「車両」である自転車の
交通規則での取り締まりを強化する、というのだ。

確かに
路地から飛び出してきたり
歩道を猛スピードで走ったり
あるいは
かなりフラフラと走っていたり、と
危ないな、とおもう自転車人は、いる。

しかし
自転車によく乗る知人に言わせると

「歩行者は、道一杯に広がって歩いている、
 車は、スピードを出して走ってくる、
 歩道も、車道も、
 自転車が、安心して走れるところなんてない」

のだそうだ。


取り締まる、注意する、規制する・・・・・・
というのは
確かに、安全を確保する手段ではあるが

それで本当に
自転車の問題は解決するのか。

私は、ノーだと、おもう。

キャリーバッグも
電車の車内の態度も
街の歩き方も
自転車の乗り方も

すべて、やっているのは、人。

自分がこうすると、どうなるか。
相手は、どうしているか。
どうすれば、お互いうまくいくか。

それを考える気持ちがなければ
いくら規制し
それを守らせたところで
本当の意味での解決は、ありえないのではないか。

何事も
規制すればいい
取り締まればいい
法律や条令を作ればいい
それですべて解決、だとしたら

なんと苦労のない
けれども、さみしい世の中だろう。


人間、社会の中にくらす限り
「3K」なのである。

その3Kとは・・・・・・

「気遣い」「気配り」「こころがけ」

これらなくして
本当に住みやすいまち、は
ありえないのだ。

大事なのは、「3K」

先月で
ブログを始めてちょうど1年、だったのだが

定例会、視察、
そして、今年で31回目となる
ゴルフコンペをこなしているうちに

ブログを更新しないまま
10月は過ぎていってしまった。

当初は
1週間に2回は更新、などと
力んでみたものの
結局は1ヶ月に1回更新が
関の山、なのだが

単なるつぶやきや
推敲できていない文章を
次々に載せるよりも

読んでくださった方が
何らかの感慨を持ってくださるような
そんなブログを目指せばよい、と
今は、開き直っている。

これからも
遅筆であるが
少しずつ、更新していきたいと、おもう。



ところで。

視察のときにも
ずいぶんと気になったのだが、

最近、
取っ手を引いて歩く
キャリーバッグを持っている人が
多いようにおもう。

体にぴったりとつけて持っているならよいのだが
取っ手を長くのばし、
後ろ手にゴロゴロと引きずっている人が前にいると、
思わずバッグにつまづきそうになることがある。

それも、
かなり頻繁に、である。

自分の後ろ
どのあたりにバッグがあるのか、
分からずに持っているのではないか。

そしてそのバッグが
誰かに当たってしまうかもしれない
などということは、
あまり考えていないのだろう。

目につくのは
キャリーバッグばかりではない。

混んだ電車の中で
リュックサックを背負ったままだったり
駅でドアが開いても
ドアの前に立ったままだったり

あるいは街を歩くとき
お互いでよけずにぶつかってみたり
携帯電話をいじりながら歩いてみたり

どうにも、あぶなっかしくて、いけない。


最近の話題で
自転車の取締りを強化する、という話があった。

自転車を利用する人の増加にともなって
自転車がらみの事故が増え
死者も出ていることから

本来「車両」である自転車の
交通規則での取り締まりを強化する、というのだ。

確かに
路地から飛び出してきたり
歩道を猛スピードで走ったり
あるいは
かなりフラフラと走っていたり、と
危ないな、とおもう自転車人は、いる。

しかし
自転車によく乗る知人に言わせると

「歩行者は、道一杯に広がって歩いている、
 車は、スピードを出して走ってくる、
 歩道も、車道も、
 自転車が、安心して走れるところなんてない」

のだそうだ。


取り締まる、注意する、規制する・・・・・・
というのは
確かに、安全を確保する手段ではあるが

それで本当に
自転車の問題は解決するのか。

私は、ノーだと、おもう。

キャリーバッグも
電車の車内の態度も
街の歩き方も
自転車の乗り方も

すべて、やっているのは、人。

自分がこうすると、どうなるか。
相手は、どうしているか。
どうすれば、お互いうまくいくか。

それを考える気持ちがなければ
いくら規制し
それを守らせたところで
本当の意味での解決は、ありえないのではないか。

何事も
規制すればいい
取り締まればいい
法律や条令を作ればいい
それですべて解決、だとしたら

なんと苦労のない
けれども、さみしい世の中だろう。


人間、社会の中にくらす限り
「3K」なのである。

その3Kとは・・・・・・

「気遣い」「気配り」「こころがけ」

これらなくして
本当に住みやすいまち、は
ありえないのだ。




   

大事なのは、「3K」