赤レンガとコンクリート その他 練馬区議会議員 関口和雄

練馬区議ウェブ議員新聞

赤レンガとコンクリート

2013年3月15日

その他

関口和雄

No.20

赤レンガとコンクリート 関口和雄 その他 東京駅が
百年の時を経て
開業当時の姿を取り戻した。

赤レンガに
ドーム型の屋根、白い窓枠、時計・・・

皇居と相対する
この瀟洒な建物は、
1914(大正3)年の開業以来
この国の首都、東京とともにあり
その時を、刻んできた。

設計した建築家・辰野金吾氏は
当時の日本建築界の重鎮であり
全国各地に
数々の建築物を残しているが、

東京駅の設計の際には
思わぬ苦悩をすることになったという。

辰野氏の建築物の特徴のひとつは、
レンガを使用すること、である。

イギリス留学などで学んだ
建築工学の知識を生かした彼の建物は
その頑丈さから
彼の名をもじって

「辰野堅固」

と、称されていた。

しかし
当時の日本では
新しい建築資材として、
コンクリートが使われ始めており

辰野氏のもとで
東京駅の設計に取り組んでいた
若手の建築家たちは
東京駅を
最先端の建築物とすべく、
コンクリートを使うことを、主張する。

レンガはもう、
古く、時代遅れなのだ、と。


一度は
若手の主張を取り入れた
辰野氏であったが、

新しい資材としての
コンクリートの可能性を認めてはいても

実績の少ない資材を使うことは、
建築物に
美しさとともに
機能性や安全性を求めてきた、
自分の
建築家としての信念にもとる、と
レンガを使うことを決める。

幾人もの若手が
彼のもとを去って行ったが、

彼の信念は
開業から10年後の関東大震災で
その、正しさを見せつける。

多くの建物が被災する中、
東京駅はほとんど無傷で
被災者の避難所となったのである。

残念ながら
太平洋戦争の空襲で
全焼してしまうが、
基礎と外壁は残り、

今回の復元工事では
旧駅舎が持つ耐震性を強化するための
免震工事のみを施したほど、だという。


新しいものを
積極的に取り入れることは
技術や制度の進歩には、かかせない。

しかし、
何事を論じるときでも
長い間に築いてきた経験や実績を
まず、否定することから始めるような
最近の風潮は
いかがなものだろう。

携わる人の
信念に基づいて
真摯に造られたものは

時を経てもなお、
その力を失うことはない。

それは
建物でも制度でも、同じであろう。

辰野氏の生み出した
東京駅の
基礎や外壁のように。


造った人たちの
意思ををおもい、
冷静に評価し、

今の自分たちは
それをどのように活かすのか
あるいは、変えるのか。

場当たり的な方策ではなく

これこそが、自分たちなりの信念だ、と

胸をはって後世に残せるような、
そういうものを
造っていくこと。

それが
本当の意味で
「時代を造る」ことになるのだと、おもう。


久しぶりに
駅の外に出て
東京駅をながめた。

赤レンガとドーム型の屋根は
最新技術によって
時間を取り戻した東京駅の
「次の百年」を
見守り、支えるにちがいない、と、おもった。

東京駅が
百年の時を経て
開業当時の姿を取り戻した。

赤レンガに
ドーム型の屋根、白い窓枠、時計・・・

皇居と相対する
この瀟洒な建物は、
1914(大正3)年の開業以来
この国の首都、東京とともにあり
その時を、刻んできた。

設計した建築家・辰野金吾氏は
当時の日本建築界の重鎮であり
全国各地に
数々の建築物を残しているが、

東京駅の設計の際には
思わぬ苦悩をすることになったという。

辰野氏の建築物の特徴のひとつは、
レンガを使用すること、である。

イギリス留学などで学んだ
建築工学の知識を生かした彼の建物は
その頑丈さから
彼の名をもじって

「辰野堅固」

と、称されていた。

しかし
当時の日本では
新しい建築資材として、
コンクリートが使われ始めており

辰野氏のもとで
東京駅の設計に取り組んでいた
若手の建築家たちは
東京駅を
最先端の建築物とすべく、
コンクリートを使うことを、主張する。

レンガはもう、
古く、時代遅れなのだ、と。


一度は
若手の主張を取り入れた
辰野氏であったが、

新しい資材としての
コンクリートの可能性を認めてはいても

実績の少ない資材を使うことは、
建築物に
美しさとともに
機能性や安全性を求めてきた、
自分の
建築家としての信念にもとる、と
レンガを使うことを決める。

幾人もの若手が
彼のもとを去って行ったが、

彼の信念は
開業から10年後の関東大震災で
その、正しさを見せつける。

多くの建物が被災する中、
東京駅はほとんど無傷で
被災者の避難所となったのである。

残念ながら
太平洋戦争の空襲で
全焼してしまうが、
基礎と外壁は残り、

今回の復元工事では
旧駅舎が持つ耐震性を強化するための
免震工事のみを施したほど、だという。


新しいものを
積極的に取り入れることは
技術や制度の進歩には、かかせない。

しかし、
何事を論じるときでも
長い間に築いてきた経験や実績を
まず、否定することから始めるような
最近の風潮は
いかがなものだろう。

携わる人の
信念に基づいて
真摯に造られたものは

時を経てもなお、
その力を失うことはない。

それは
建物でも制度でも、同じであろう。

辰野氏の生み出した
東京駅の
基礎や外壁のように。


造った人たちの
意思ををおもい、
冷静に評価し、

今の自分たちは
それをどのように活かすのか
あるいは、変えるのか。

場当たり的な方策ではなく

これこそが、自分たちなりの信念だ、と

胸をはって後世に残せるような、
そういうものを
造っていくこと。

それが
本当の意味で
「時代を造る」ことになるのだと、おもう。


久しぶりに
駅の外に出て
東京駅をながめた。

赤レンガとドーム型の屋根は
最新技術によって
時間を取り戻した東京駅の
「次の百年」を
見守り、支えるにちがいない、と、おもった。






   

赤レンガとコンクリート