地球の、声 2011年 4月 1日 関口 和雄 練馬区議ウェブ議員新聞

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地球の、声 2011年 4月 1日

環境影響評価

関口 和雄

関口 和雄

練馬区議会自由民主党副幹事長

練馬区議会自由民主党

2018-10-10

地球の、声 2011年 4月 1日 -

地球の、声

「当たり前」について考えていた
ほんの5日ほどのち、
これまでの人生で、おそらく一番の揺れを体験した。

テレビで見る津波の映像も
その後の被災地の状況も
交通網がダウンしてしまった東京の様子も

何もかもが「当たり前」でないこと、ばかりで

頭でわかっていて
ブログにも書いていたことを
改めて、実感させられた。

計画停電と、それにともなう
電車の運行の変更、
区施設の運用変更や休止。

自宅近くのガソリンスタンドには
おそらく1キロ近い行列ができ
買い物に行けば
棚ばかりが目立つ売り場。

ここ数日は、ずいぶん解消されたようにおもうが、
今度は福島の原発事故による放射能汚染が話題となり、
水のペットボトルは、販売数量が制限され、
一部の野菜は、値上がりや値下がりが激しい、そうだ。

被災地で、自分のくらしのすべてを失った方達のことをおもえば、
これくらいのこと、たいしたことはない、とおもうが、
「当たり前」のくらしは、
なかなか「当たり前」に戻りそうにない。



自分の「当たり前」の生活が
これほど電気に依存し、車に依存しているという現実。
そして
自然の力の前に、人間はあまりにも無力であるという現実。

落ち着かないきもちを鎮めようと、
久しぶりに写経の筆を取りながら、おもいだすことがあった。


  あのな、人間はな、地球に断りもせんと、
  電車やら車やら通すのに、穴開けてな、
  ビル建てるのに、杭いっぱい打ち込んでるんやで。

  穴開けられて、杭打たれて、痛くないはず、ないやろ。
  そやから時々、震えたり、怒ったりする。

  地震も、火山の爆発も、みんな、地球が痛がってる、声、なんやで。
 

薬師寺に出入りしていた頃
高田好胤猊下との会話の中で出てきた言葉だ。

その頃も、これまでも
地震や台風が発生する度、
なんとなく、そうかもしれないな、とはおもってきたが、

今、この言葉は、かつてないほどの重みを持って
私のこころに迫ってくる。

考えてみれば
「CO2の増加による地球温暖化」にしても
人類が、その活動において
自分たちの都合で排出する二酸化炭素が、
結果的に、自分たちの生きる地球の気候を変化させたものだ。

これもまた、地球の、声、であり、
それに由来するとおもわれる
異常気象による災害もまた、地球の、声、であろう。


これまで私たちは
生活を便利で快適にするためのものを
ひとつずつ揃えていくことで、
今の「当たり前」を作り上げてきた。

便利さ、快適さは
一度手に入れて「当たり前」にしてしまうと
もう、それがないところには、戻れないものだ。

そして、それが本当になくてはならないのか、ということを
考えることは、ほとんど、ない。

地球の、声、が聞こえる今こそ、
それを考えるとき、ではないか。

例えば、電力。

他地域の電力会社から電力を都合するとか、
火力発電所の運用を見直すとか、
今の電力需要を何とかすることばかり、取り沙汰されている。

しかし本当は、
「どれだけ、どこに、電力が、本当に必要なのか」
を、考えることも必要なのではないか。

状況に追い込まれての節電であっても
それで、やっていける、のならば
それ以上は「過剰」だったのかもしれない。

では、電力をどう配分し
無理のない範囲で生活を成り立たせ、
経済活動への影響を抑えるには、どうすればよいか。

それは、今のように、一企業にゆだねることではなく、
国、地方自治体のレベルで
きちんと協議し、情報を開示し、国民の理解を求めて
新たなエネルギー政策を進めるべきこと、であろう。


未曾有の災害、想定外の被害という。

しかし、発生してしまった以上
このレベルの災害や被害は、もう、未曾有でも想定外でも、ない。
もはや、どこでも起こりうる、とおもい、備えるべきものである。

このような形で聞こえてしまった、
地球の、声、を受け止めながら、

この状況の中で、聞こえてくる、
区民の、声、を受け止めながら、

被災地の復興を目指すとともに、
今後、起こりうる災害に、どのように備えるのか。
そして、その体制を、いち早く整えていくこと。

区政に携わる自分にとって、
今後の大きなテーマがまたひとつ、見えてきた。

地球の、声