越前・福井藩主 松平春嶽 我に才略なく 我に奇無し 関口 和雄 練馬区議ウェブ議員新聞

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越前・福井藩主 松平春嶽

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関口 和雄

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練馬区議会自由民主党

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2021-11-17

我に才略なく 我に奇無し

 毎年、この時期になると、

一年も残すところわずかだと感じるのだが、

今年はいつもの年よりも、あっという間だったようにおもう。

早二年になろうとするコロナ禍において、

国政も様々に揺れながら、ここまでやってきたわけだが、

誰も経験したことのない状況の中で、

政治のかじ取りをするということの難しさを、改めて、おもった。

 今年の大河ドラマでも描かれる幕末から維新にかけての動乱期に、

決して大きく取り上げられることはないが、

私自身が、政治の場で大切におもう人物がいる。

第十六代の福井藩主、松平春嶽である。

彼は、土佐の山内容堂、薩摩の島津斉彬、宇和島の伊達宗城と並び、

幕末の四賢候と呼ばれたが、その一方で、

彼自身が決断して、事を起こしたというような、

いわゆるドラマのない人物でもあるという。

しかし、藩主としては、財政再建を中心に藩政改革を行い、

人材の登用にも積極的であった。

 漢詩人としても高く評価された春嶽が遺した七言絶句に、

私もとても好きな、彼の生き方を示すものがある。

 我に才略無く我に奇無し
 常に衆言を聴きて宜しき所に従ふ
 人事渾て天道の妙の如し
 風雷晴雨豫め期し難し

「才知に富んだはかりごとも奇抜な考えもない」と自ら称した春嶽であるが、

幕末の様々な局面では、様々な人物に意見を求められ、頼りにされていた。

坂本龍馬とは「私政」に代わる「公共の政」が最善であると認識を共にし、

大久保利通には、第二次長州征伐回避への協力を求められたという。

「常に周りの意見をよく聴いて、良い方向を見出すまでだ」との考えを持つ春嶽は、

時に日和見とも言われた。

徳川慶喜を擁護し続けながら、

自分の進言により結果として新政府樹立への動きを進めてしまったのである。

詩の後半は、

「人の世の物事は、すべて天のめぐりのように不思議なものであり、

風か雷か晴れか雨かを予期することなど難しい。」とある。

つまり、

物事に、自分ひとりの力で対応することなどできはしないのだということだ。

だからこそ、人を大切にし、人の意見に耳を傾け、すぐれた意見は取り上げ、

それを実行に移す力こそが、リーダーには、求められるのだと、

それが、春嶽の生き方であった。

政治家も同じだろうとおもう。

自らに力があるのだと勘違いせず、周りの「おかげさま」があるからこそ、

今があるのだということを自覚し、

人とともに前に進むしなやかさを、忘れずにいたい。

越前・福井藩主 松平春嶽について 越前 松平春嶽